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明日こそ、定時

定時に帰りたい社畜SEが、定時で帰れた時の暇つぶしに読める記事を綴っています。雑記。好きなこといろいろと…

【哲学】ホントは怖い、どこでもドア問題

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こんばんわ。佐伯です。

以前こんな記事を書きました。

スワンプマン問題では、「自分のコピー人間は果たして自分と言えるのかどうか」といったものでした。

スワンプマン問題と似たような話で「どこでもドア問題」というものがあります。
参考サイト:思考実験(3)どこでもドア2 - 哲学的な何か、あと科学とか

ドアをくぐるだけでいろんなところへ行ける夢のような道具ですが、その反面恐ろしい部分もあります。

科学的に考えたどこでもドアの恐ろしい部分を今日は紹介したいと思います。

なぜどこでもドアが恐ろしい?

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どこでもドアの原理を現実的に考えると、上の画像のようになります。
ドアAをくぐると分子レベルで分解されドアXで再構成されるといった仕組みです。

ここの仕組みの問題として以下の2点が挙げられます。
・分子レベルで分解されたときに痛みはあるのではないか?
・分解され再構成されたときの自分は果たして自分なのかどうか?

一つずつ説明をしていきたいと思います。

分子レベルで分解される際に発生する痛み

一番最初にドアをくぐり、身体が分子レベルで分解される際に痛みが発生する可能性があります。

そして、痛みが発生した場合でも「痛み」という感覚の情報は再構成された側の人間には送信されないとしたら?
周りで転送されるのを見ていた人は、無事成功したものだと思ってしまいます。
再構成された側の人間に何を聞いても無事転送されたことしか証言しないのですから。

再構成された自分は自分なのか?

分子レベルで分解され再構成された自分は果たして自分なのかという問題です。
これは前回の記事で紹介した「スワンプマン問題」の事象に似ています。

だだスワンプマン問題と少し違うのは「死んだ人間は、いまも死に続けている可能性がある」ということです。
分解された痛みを味わっている自我がどこかに残っていたとしたら?
再構築された人間はこの痛みを味わっていないから自分と言えるのか?

考えたらキリがありません。

でも、そう考えるとなんだか怖くなってきますね。

最後に

このどこでもドア問題は、分子レベルで分解して転送するような装置だから考えられる思考実験のようなものです。
分子レベルで分解して転送するような装置ではなく、空間を捻じ曲げてショートカットができる装置であればこのようなことは考えられないと思います。

しかし、空間を捻じ曲げるよりも分子レベルで分解して転送するというほうが現実的なのも否めません。


もし、どこでもドアが分解され転送される原理だとしても、あなたはくぐりたいと思いますか?
自分は素直に飛行機などを使って移動したいと思います。
痛いのは嫌ですからね。



おしまい。